ここのところ三行でもいいから毎日の日記をつけようと試みていたがどうにも内容が薄い何も書くことがない曜日も多い無理に毎日の日記を書こうとするよりも、特にものすごいことが起こったわけではないがこの日のことを忘れたくはないなという日について、詳しく日記を書いておこうと思う。:::::::::::::::::よく晴れた日曜日なのに午前中はずっと寝ていた目はさめていたけど寝巻きのままバウムクーヘンを頬張りごろごろインターネットしていたバスに乗って吉祥寺へ行った。駅前は道が混んでいて、ロータリーを回ったりなんだりで最後の方のろのろするから駅のひとつ前で降りて歩いた方が早いんじゃないかといつも思いながら駅まで乗っている映画が始まる40分前に吉祥寺オデヲンに着いたのに、ララランドは満席だった。次の回だと夜の予定に間に合わない。前の晩からララランドのサントラを聴いたりして気持ちを高めていたのにオデヲンはインターネットとかで席の予約ができない。前にもこういうことがあった。風立ちぬだったか、もっと前のジブリ映画だったかとにかく何か映画を観ようとしてめがけて来たのに観れないということがあった。その時はたしか井の頭公園を何となく散歩した。何か他の映画でもと思ったけど、特に1800円払って観たい映画がなかった。もう吉祥寺バウスも無いしバウスシアターがあったころはもっと吉祥寺に映画を観に来ていた。私はやはりケチなのだと思う映画が好きで、とりわけ映画館で観ることを重視しているくせに、映画1本観るのに1800円は高いと思ってしまう。時給900円とかでバイトしていた学生の時分ならまだしもたまにしか映画を観ないのだし、よく考えればそんなに高くない。それでも何かと映画1000円の日に観ようとする一番よく行っているミニシアターは曜日関係無く行っているがそれは会員になっていて大体1本500~1000円でいつも観られるから。前の日はユジク阿佐ヶ谷でレイトショーを観ていた短編2本立てだったので1500円だったがレイトショー友割で、友達と来れば1000円だったまあ私は一人だったのでしかたない1500円払うかと思っていたら受付の人にあともう500円払えば会員にもなれますよと言われた会員になれば、1500円の映画は1000円、1200円の映画は800円で観られるというつまり…あと1回ここに映画を観に来れば元が取れるというわけか私は会員になったユジク阿佐ヶ谷には初めて来た。ちっちゃいアップリンクみたいだなと思った。アップリンクも結構ちっちゃいけれど。会員の年会費は1000円だという。この1年間にあと4回以上観に来るようだったら来年も会員になってもいいかもしれない。でもそんなに来るだろうか?ラインナップ的には私がすでに会員になっているミニシアターとよく似ていた。そこはもっと大きいスクリーンでガラガラで映画を観ることができるし500円だ。あんまり来ないかも…でも阿佐ヶ谷は好きだし結構来る。今回みたいに暇つぶしに何か映画を観るかもしれなかった。何の話だったか。吉祥寺で映画を観ようとしたが観れなかった話だった。映画が観れなったので特に目的もなく散歩することにした。吉祥寺は少し混雑しているけれど、特に目的もなく散歩するのに向いていると思う。まず前から気になっていた"百年"という本屋さんに行った。建物の2階にある。入ってすぐ「いい感じ」と思った。また来る。その次にココナッツディスクに行ったお店に置いてある、宇宙的なデザインの古いレコードプレーヤーとかが好きココナッツディスクの向いにあるケーキが載ってる建物も好き製菓専門学校なのだがその後バサラブックスに行こうとしたがバサラブックスは閉まっていた。散歩したらお腹が空いたので駅前のDONQというパン屋でアップルパイとスイートポテトを買って公園のベンチで食べた。DONQってどういう意味だろう。DoncならわかるけどなんかDQNっぽいなと思う。耳にめちゃくちゃピアスを空けたお兄さんがフランスパンを大量に(10本くらい)買っていてよかった。そして前から名前が気になっていた"すうさい堂"という謎の店に行った一歩入るとお店の"感じ"はわかった。ああこういう"感じ"ね。吉祥寺から三鷹まで散歩することにした。三鷹に行くのは久しぶりだった。三鷹からカルチャー感が薄まり、郊外のグルーヴが出てくる郊外はみんなどこか似ている三鷹駅からさらに歩いて太宰治文学サロンに行ったマンションの1階が小さなギャラリーになっている太宰のお墓には行かれましたか?と訊かれたが行ったことがありません三鷹駅の北側にある水中書店へ行ったここは何度か訪れて本を買ったことがある。歩き疲れて電車に乗って荻窪へ行った。荻窪のネパール料理屋で頼みすぎてしまった。店は空いていて、広々。ネパールと日本のハーフの子供が暴れている。チーズクルチャが甘くておいしかったのでまた来ると思った。苦しいくらいお腹いっぱいの状態で、杉並公会堂へ行き、オーケストラの演奏を聴いた。私も弾いたことがある交響曲
金曜日
パキスタンの音楽ドキュメンタリー映画を観た
シタールという楽器の音
家に帰ってから狂ったようにジャズばかり聴いた
土曜日
タンザニアで作られた小さなカリンバを演奏した
秘密の洗濯層掃除を済ませ
買ったばかりの白いテーブルで小説を読み終えた
日曜日
千匹の犬があなたを見ています
オレンジワインを飲み、鹿と鴨を食べた
パン・デ・ピス・ナチュール
月曜日
恐怖の恋する惑星お母さん
確定申告しなくちゃ
1週間に1度だけ寝坊をしない人
火曜日
フランス映画を観て寝たことはない
パエリアの下に敷かれる詩集
ついに流れるカヴァレリア・ルスティカーナ
水曜日
映画を観に行かなかった
フランス語を聴いて眠くなったことはない
愛してくれた人を爆殺
木曜日
文字を拾いたい、文字を拾いませんか
使わなくなった、絵の具売ります
恋の・耐用年数
そして絶叫するプレミアムフライデー
金曜日
雪が降って寒かったので早く帰ってお風呂にお湯をためた
お湯につかりながら録りためたテレビ番組をみた
地下アイドルって大変
土曜日
劇場で光に包まれフィーバー
ふつう人と共有できない夢の世界を見知らぬ人たちと共有したという感じ
神保町で揚げたい焼きつぶあんを買い食い
日曜日
光があるうちの外出に成功しガラスの家を目指した
妄想でつくられたカレーを食べた
メタルめしは食べていない
月曜日
小説の感想をよくツイートするけど
作家にも担当にも読まれていると思うと
火曜日
コンビニで買ったチョコを純喫茶で渡すタイプ
夫さんの正体がクドカンでウワー!となった
水曜日
この世界の片隅に私を見つけてくれてありがとうと言いたい
映画を観ただけなのに悲しくて 悲しくて とてもやりきれない
木曜日
たらればとか 知らねえよ 汚ねえやつは おえっぱ
悲しいことが 多すぎて 本当のこと 忘れちまいそう
平日って2行しか書くことがない
あっという間に金曜日
休日は3行じゃ足りない
金曜日
会社を急いで出て六本木へ行った
六本木ヒルズの近くのライブハウスでライブを観るために。
明るくなったら知り合いがたくさんパッピパッピいたのでびっくりした。
土曜日
起きたら小さな箱が届いた
鋏を買ってお芝居を観てコップでワインを飲んで羊を食べた。
あれはお芝居というのだろうか。
君曜日
裸の男性の前でよく切れる鋏を出してはいけない
モロッコ人と日本人のハーフのお姉さんは可愛い
遠く離れた場所で同じ歌を歌っている人のことを考えながら歌う
月曜日
先輩の卒業設計を手伝っている時の気持ちを思い出した
これってもしかして終わらないのでは
でも一つずつ進めるしかなくて冷めたコーヒーをがぶ飲みする
火曜日
好きとか嫌いとか欲しいとか
気持ちいいだけの台詞ばかり口にしている
丸い鋏で美しい女性の眼ばかりくりぬいて
水曜日
いつものように映画館へ行って映画を観た
誰の母にもなれない気がした
見てパンが虫みたい
僕曜日
目が覚めたら9:25でもう無理だと思った
9:30に家を出て9:58には自分の席にいた
雪が降るなか自己タイムベストを更新
そしてまた何もできないまま金曜日 おっおー
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| 月曜の夜 |
詩人のアントナン・アルトーが当時恋人であったルーマニアの女優、ジェニカ・アナタジューに宛てた別れたい旨を告げる手紙を読んで、いつか私が愛する相手に別れたい旨を告げなければならない時のことを想像した。
今ぼくが言ったことはみな、ぼくがきみに抱いており、これからも変ることなく抱き続けると思われるつよい情愛や、抜き去りえぬ愛情とは、何の関係もないことを、はっきりと見抜いてくれるだろう
だけど、この感情そのものは、人生の通常の流れとは何の関係もないのだ。
ところが、この人生というやつは、生きなければならないのだ。
ぼくをきみに結びつけているものがあまりにもたくさんあるから、関係を絶とうなどと言いはしない。
ただ、われわれの関係を変え、それぞれ、別の生活を作りあげてみようと言いたいのだ。
そういう生活を作りあげたところで、われわれがばらばらになってしまいはしないだろう。
いかにも私が言いそうなことだ
共感する
しかしアルトーは彼女から望むような反応は得られなかったようで、次の手紙でブチキレている。
私ははっきりと別れようと告げたことがない
はっきりと別れようと告げられたことならある
アルトーの手紙はどこか魅力的で
女占者への手紙の書き出しもよかった。
マダム
あなたは、生とまじりあってしまったような、貧しい部屋に住んでいらっしゃる。
私もこの生とまじりあってしまったような部屋で誰かから別れたい旨を告げる手紙が届くのを待っているのだと思う
火曜の夜は、夫を殺したかもしれない女がカルテットを組むドラマを
水曜の夜は、結婚したいのにできない女があれやこれや騒ぐドラマを
金曜の夜は、共依存状態にある二人の女が関係をこじらせるドラマを
観ている何もない女である。
火曜の夜は、結婚してしまうことの恐ろしさを説かれ
水曜の夜は、結婚ができないことの恐ろしさを説かれ
金曜の夜は、母と娘の共依存関係の恐ろしさを説かれ
ているわけだが観ている私には何もないので恐ろしいことは何もない。イエーイ
休日に、高校時代の友人たちと遊んで楽しかった
私以外は家族の待つ家に帰っていくので帰り道ふとさびしくなった
毎日隣の席の40代未婚男性と一緒にお昼ご飯を食べています。
食べている間、無言ではないので何か雑談をしていると思うけど
例えば昨日の昼休み、その人と何を話したか全く思い出せない
このままずっと一人で生活していくなら
小鳥か猫を飼おうと思っている
でも小鳥も猫も自分より先に死んでしまうだろうな…と思うと
なかなか踏み切れない
先に自分が死んでしまうかもしれない
その場合も残される小鳥と猫のことを考えるとやりきれない
この日記には「ない」が沢山ある
最近生きてて虚しく感じる。
というか実際虚しいのだ。
平日は毎日会社に行く。
激務じゃないし残業時間も少ない。
朝も早くないから睡眠時間もちゃんと取れる。
週に1回くらいは仕事帰りに映画も観に行ける。
仕事内容に全然興味がないし、適性もないと感じるけど
このまま勤めていたらまあ一人で生きてく分には衣食住に困らないだろうし
時々休みを取って旅行にも行けるし貯金もできる
土日祝日はしっかり休みが取れて、毎週友達と遊んだりご飯を食べたりできる。
十分じゃないかと思う。求めていたんじゃないのと思う。
ただ何もないなと感じる。
時間が過ぎていくだけ。空洞です。
そしてどんどん過ぎ去るスピードが早くなる。
今現在そうというだけでなくこれから何かがあるとも思えない。
自分が何かをするイメージがもてない。
何もできていない。
何をしたら人生に意味があると思えるか。
こういうことを考えるのは
何もしなくてもよい。
人生に意味など持たせなくてよい。
とは思っていないということだ
何かをしなければならないという強迫観念はどこからくるのだろう。
会社に行かなくてもよい。お金がなくてもよい。
恋人がいなくてもよい。結婚しなくてもよい。子供を産まなくてもよい。
どこに行ってもよい。何も為さなくてもよい。
何かしたいと思っているのだろうか みんながしているから?
10代の時みたいな
本当は、表現したいという衝動だけがあるのであって、表現したいものなど、実は何一つないのである
みたいな状態ともまた違う
ただ虚しくて、なんだか気分が落ち込む。
この前デイビッド・ボウイ展に行った。
ボウイは本当にめちゃくちゃ色んなことをしてた。