村田沙耶香の小説『消滅世界』を読んだ。
近い未来、人工授精の技術が進歩して、 セックスをしなくなった世界の話。
恋人とセックスをする人はもはや珍しく、 そもそもヒトと恋をする人も減ってきて、 多くはアニメや漫画など二次元のキャラクターと恋をしている。 恋愛そのものを否定し、恋愛をしない人も増えている。
それでも結婚して子供を産み、 家族を作るという概念はまだ残っている。
しかし夫にも妻にもそれぞれ恋人がいて、 夫婦間でセックスをすることは"近親相姦" とされタブー視されている。
物語で「夫に襲われる」話が出てくるが
「まさか『家族』に勃起されるときがくるとは」
「普通、そういうことは外ですることでしょう。よりによって奥さんと性行為をするなんて」
「大丈夫よ、妻と近親相姦しようとするような変質者は滅多にいるもんじゃないわ」
この物語の設定の中での話とわかって読んでいてもぐらぐらしてくる。
物語で「夫に襲われる」話が出てくるが
「まさか『家族』に勃起されるときがくるとは」
「普通、そういうことは外ですることでしょう。よりによって奥さんと性行為をするなんて」
「大丈夫よ、妻と近親相姦しようとするような変質者は滅多にいるもんじゃないわ」
この物語の設定の中での話とわかって読んでいてもぐらぐらしてくる。
主人公の女性は自分が父と母の"近親相姦" の結果産まれたことについて幼い頃から悩んでいて、世界の" 正常" の変化についていくことができなかった古い価値観を持つ母( この物語で唯一我々読者と同じ価値観を持つ登場人物だがこの世界 の中では狂人とみなされる) から聞かされた男女が愛しあってセックスをし子供を産むという" 正常な"愛の話を呪いと感じている。
もうこの導入部だけで既存の価値観を壊されるし、 人によっては嫌悪感をおぼえる設定かもしれない
でも単なるグロテスクな思考実験ではないと思う
避妊具を使用して生殖と快楽を切り離すことは誰でもやっているこ とだし
数はまだ少ないが人工授精によって生まれる子供だっている
二次元のキャラクターを「嫁」 と読んで憚らない文化だってもはや認められているし
AVなどのエロコンテンツに容易にアクセスができたり、 あまりにもクオリティの高いラブドールなどもう生身の人間と付き 合う必要性を感じないという考えだって生まれてきている。
ちょっと話がずれるけど、壁一面のアニメキャラのポスターとフィギュアに囲まれて暮らす人とかすごく可愛いAV女優とか好むと好まざるに関わらずスマートフォンの画面に表示される動くエロ漫画の広告だとかって、ちょっと昔の人から見たらありえない光景だと思う。
ちょっと話がずれるけど、壁一面のアニメキャラのポスターとフィギュアに囲まれて暮らす人とかすごく可愛いAV女優とか好むと好まざるに関わらずスマートフォンの画面に表示される動くエロ漫画の広告だとかって、ちょっと昔の人から見たらありえない光景だと思う。
Aセクシャルの人、 そうでなくてもセックスに嫌悪感を感じる人にとっては理想の世界 かもしれない。
恋愛とセックス、生殖とセックス、 性欲解消とセックスが完全に切り離されていて、 性行為をしなくても好きな人と共にいることができる、 というかそれが当たり前の世界だからだ。
主人公は"今の時代には珍しい恋人と性行為をすることを好む人" として描かれるが、それまでしたことがなかった恋人に、 セックスがどうしても嫌だと言われフラれてしまい、 もしかしてキスですら相手は嫌だったかもしれないと落ち込み、 夫に慰められる。 もちろん夫とセックスをしたことはないしそれどころか肌をあまり 見せたことがない、が、人工授精をして子供を作る予定だ。
セックスのない世界の物語でありながら、 何度かそのシーンがある。
しかし通常の性描写では用いられない言葉で、 登場人物たちも手探りで、 目的も達する場所もないまま行為に臨む。 読んでいるとそもそも何なんだったけセックスってという気持ちに なった。なんでするんだっけ。
物語を読み進むにつれ、 最初は異常と感じられたこの世界の感覚に慣れていく自分に気が付 く。
「正常も変化してるの。昔の正常を引きずることは、発狂なのよ」と主人公は母親に言うが
主人公も変化する環境にどんどん適応していく。その様子を狂っているとも思うし、いや、いざ全ての人がそうして暮らす中で日常を送り始めたら、元々自分はこういう習性の動物だったと思うかもしれない
それでも同性愛はまだ広く認められてはいなくて、 同性のアニメキャラに密かに恋をして苦悩し、 将来は男性も妊娠できる技術を研究したいと考える少年のエピソー ドや、 主人公とその親友がべつに恋もしていない見知らぬ他人の男と結婚 するくらいなら気の合う長年の女友達同士で結婚できたらいいのに と考える場面が印象的だった。
この『消滅世界』を読む前に同じ作者による『殺人出産』 を以前読んだ。
これもかなり強烈で示唆に富んだ短編集だった。
『消滅』を読む前に『殺人』 を読んでおくと異常な世界観にスッと入って行けるかもしれない。
表題作の「殺人出産」 は10人子供を産めば合法的に人を1人殺せる世界の話。
男性が妊娠することが困難ではあるが可能な点や、 子供が画一的に"生産"される様子など、『消滅世界』 に通じるものがある。
これも『消滅世界』同様、現代の私たちの価値観・ 倫理観からすると狂っている物語だが、
「たとえ100年後、この光景が狂気と見なされるとしても、 私はこの一瞬の正常な世界の一部になりたい」という一文が印象的
また、「トリプル」という短編(これも『殺人出産』や『 変愛小説集』の日本作家版などに収められている)も良かった。 2人ではなく3人で恋をして、 性行為にあたる儀式をするのが若者の間で定着していく様子を描い ている。主人公の母親の世代は「 3人で行為に及ぶなんて汚らわしい」と拒否を示すが、 主人公は2人のセックスを目撃してしまいショックを受けて嘔吐す る。
この『消滅世界』の元になったと考えられる「清潔な結婚」 という短編も『殺人出産』に収められている。
夫婦間では性行為を行わず、家族の外に恋人を作る。
「家の外は、僕の恋と性欲で汚れている。家の中でだけは清潔な僕でいられるんだ」
「家の外は、僕の恋と性欲で汚れている。家の中でだけは清潔な僕でいられるんだ」
『消滅世界』私も途中まではちょっと極端だけど、 セックスと生殖が完全に切り離されたり、 恋愛や結婚を必ずしもしなくてもよくなったり、 誰とも結婚しなくても子供を産むことができたりする社会は多様性 があっていいかもしれないとすら思っていた。
しかし物語が進み、千葉が実験都市"楽園" に指定されるあたりから恐ろしくなってくる。
そこで行われる実験とは、 大人は性別を問わず妊娠可能することができ、 生まれた子供はセンターに預けられ、地域で育てる。
地域で育てるというと聞こえが良いが、大人は全員「おかあさん」 と呼ばれ、子供は全員「子供ちゃん」と呼ばれ、誰もが「 子供ちゃん」の「おかあさん」 になって個を消失していく様は不気味としか言いようがない。 しかしその「子供ちゃん」を愛玩する「おかあさん」 たちを不気味と思っていたはずの主人公も、 徐々にその種の存続のみを目的とした世界に慣れていくのだ。
「本当は、僕らはもうすでに失っているんだよ」という登場人物の台詞を読んで
そうなのかもしれない。もう失っているけど気づいていない…
と思って恐ろしく感じたが、何を失っているのかわからない
主人公は最終的には本当に狂ってしまう。
というのは私たちの価値観に照らすと、というだけで主人公はこうも言っている
「洗脳されていない脳なんて、この世の中に存在するの?どうせなら、その世界に一番適した狂い方で、発狂するのがいちばん楽なのに」
そうなのかもしれない
最初は「ぜったいそうじゃない」と思いながら読み始めたのに次第に「そうなのかもしれない」と思っている自分に気がついてそれがこわかった。
「本当は、僕らはもうすでに失っているんだよ」という登場人物の台詞を読んで
そうなのかもしれない。もう失っているけど気づいていない…
と思って恐ろしく感じたが、何を失っているのかわからない
主人公は最終的には本当に狂ってしまう。
というのは私たちの価値観に照らすと、というだけで主人公はこうも言っている
「洗脳されていない脳なんて、この世の中に存在するの?どうせなら、その世界に一番適した狂い方で、発狂するのがいちばん楽なのに」
そうなのかもしれない
最初は「ぜったいそうじゃない」と思いながら読み始めたのに次第に「そうなのかもしれない」と思っている自分に気がついてそれがこわかった。
作者は他にも突飛な、 しかしどこかリアリティのある異常な世界の小説を書いている。
新潮で発表された「生命式」 では人肉食が普通に行われる世界を描いていた。
「中尾さん、美味しいかなあ」
「ちょっと固そうじゃない? 細いし、筋肉質だし」
「あ、ひょっとして、 池谷先輩って人肉あんまり食べない人なんでしたっけ」
という冒頭の会話からしてやられた
生命式とは死んだ人間を食べながら男女が受精相手を探し、 相手を見つけたら二人で式から退場してどこかで受精を行う、 というものでなんか山奥の村の昔の風習にありそうな気もしてくる からこわい。
セックスという言葉を使う人があまりいなくなり、「受精」 という妊娠を目的とした交尾が主流となるという設定も、『 消滅世界』に通じるものがある。
ここで少し読める
この前、村田さんが出演する句会イベントに行った時も、初めて俳句を詠んだという彼女の句は面白くて、
ネックレススープに入れて夏近し
という句、ネックレス入りのスープを作成して夏を感じてんじゃねーよと思っていたら
”別れた恋人からもらったネックレスをもういらないとスープに入れて夏が来る”という句だった。
ネックレススープに入れて夏近し
という句、ネックレス入りのスープを作成して夏を感じてんじゃねーよと思っていたら
”別れた恋人からもらったネックレスをもういらないとスープに入れて夏が来る”という句だった。
嫌いな人の睫毛を食べて春嵐
という句も、まず「嫌いな人の睫毛」 という言葉から目が離せなくなってしまって、 今まで好きな人の睫毛については散々想いをはせてきたけれど嫌い な人の睫毛、嫌いな人なのに睫毛という細部まで見ている、 とても注目している、と思ったら食べた! という驚きがまずあって、 次に嫌いな人に対して気が狂うほど怒ってしまってとにかく相手に ダメージを与えたい、 殴るとか噛み付くとかでは足りないもっとこう何かブランニューな 危害を与えたいという衝動で睫毛を口で毟り取ってしまう情景を思 い浮かべた。睫毛が無い顔にしてやりたい程の怒りみたいな。
次にやはり口が目の近くにあるという普通ではない距離感から性行 為を連想して、 セックス中に突然今まさに瞼に口付けをした相手のことが嫌いだ大 嫌いだ睫毛を毟り取ってやりたいと気づいてしまってそれまで感情 の赴くままに身体を動かしていたその連続で睫毛を毟り取って食べ てしまう情景を思い浮かべた。
と、色々なことを考えたのですが村田さんの自句自解はこう
「 生理的嫌悪感をもっと感じてみたくて酔い潰れている嫌いな人の睫 毛を食べてみる」
やばい
歯が燃える夢を何度も春の虹
という句も良かったな。
村田さんはおそらく口を使って食べることに関心がある。 きっと抜けた歯を燃やすんじゃなくて今生えている歯が燃えている んだと思う。
そんな尋常じゃない状態の夢を何度も見るのが春
春なんですよ
春、歯は燃えているか
胸に入る空気春です春です
という他人の句を読んで、「もしかして手術をしているのかな」 と解釈したり、 今もコンビニでバイトしているという話も面白かった。
話がだいぶ俳句の方へ逸れましたが
既存の価値観を疑う、揺さぶる、 当たり前を改めて考えるといったテーマは好きだし
読むと色々なことに思いを巡らしてしまう。
今後の作品もたのしみです。
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