ギリシャのヨルゴス・ランティモス監督の映画『The Lobster』を観た。
独身者は収容所に連行されて、そこで期限までにカップルになれないと動物に姿を変えられてしまうという恋愛SFディストピア映画
新しい男ができた妻に捨てられてしまったコリン・ファレル演じる主人公が、収容所に送られるところから話は始まる
映画を観る前は姿を変えられてしまうってそんなファンタジーな、と思っていたけれど別に魔法とかじゃなくゴリゴリの人体改造や移植で動物にされてしまう
というかそんなのは建前で本当は殺されてしまうのかもしれない
映画のタイトルは、主人公が希望する動物だ
カップルになれないと無理矢理動物に変えられてしまうのに、何の動物になるか希望は聞いてもらえるというのがなんかもうおかしい
施設の外に広がる森には、施設から逃げた独身者たちが潜んでいて、狩りの時間に独身者たちを仕留めると期限が延びるという設定や、たとえ街を歩いていても見張られていて、カップルでないとすぐさま職質にあう、みたいな感じが恐かった。
施設では自慰行為は禁止されていて、しているのがバレると手をトースターで焼かれるとかとにかくめちゃくちゃなんだけど、メイドが定期的に部屋にやってきて黒パンスト越しにドライハンプしてきて勃起すると「昨日よりも早く勃ちましたね、いい傾向です」みたいなこと言って去って行くという設定はよくわかんないけどエロいなと思った
あとプールで背泳ぎしている鼻血がすぐ出る女の子の水着とおっぱい良かったです
前作の『籠の中の乙女』も公開時に渋谷のイメージフォーラムで観た、今作同様あらかじめ気が狂っている閉鎖された世界から、逃れようとするお話だった。どちらも我々の価値観からすると異常と感じられるその「管理」の理由は明示されない。
映画全体としては、思ったほど「異常」でも「狂気」でもなかった
ハネケやトリアーが好きな女の子と観に行った
期待しすぎたというか、ハネケやトリアーほどの「悪意」や「不快感」や「観るんじゃなかった感」はなかったのである。
でもすごくいいシーンがあって、そこはよかったねという話をしたような気がする。
そのシーンはクライマックスともいうべき場面で、異常な環境で育った姉妹二人が狂ったように奇妙なダンスを踊る、それがめちゃくちゃ良くてとにかくそのシーンがあったことで満足した。
今作でも、森の中で独身者たちがそれぞれの電子音楽を聴きながら踊るシーンがあって、メイドの女が静かにしかし激しくめちゃくちゃ変なダンスを踊るシーンがあって、すごく満足した。あの場面はいい。施設で男女がペアでムーディな音楽と共に踊るシーンの10倍良かった。
あと、今作で登場する血も涙もない女、というよりは人の痛みや死に対する精神が尋常ではないために独身者たちを殺しまくり期限が延びて動物にならずに済んでいる女、を前作でその変なダンスを踊りまくった長女役の人(アンゲリキ・パプリア)が演じていると気づいて、ぐっときました。
残酷な女(一般的な感覚の人間からすると)の愛情表現も印象的だった、自分と同じ人を見つけたと思った彼女の
「私たち、合う」
レア・セドゥが出てくるというのは映画を観る前から知っていたのですが、まさかあんな役とは思わなかった。
独身者のコミューンのリーダーの役なのですが
慈悲のない話し方、愛を憎む表情、残酷な振る舞い、時折浮かべる嗜虐的な笑み…
レア・セドゥの使い方が最高、これはちょっと好きになってしまう。
サディスティックな役似合う
メイドとはフランス語で喋るシーンもなんかよかった
あのシーンだけで、本当はレズビアンなんだけどリーダーなのでそれを抑圧して冷たく振る舞っているのかなとか思ったんだけど、後のシーンで完全に違いました…となった
この映画で描かれる世界がトンデモディストピアかというと、そうではないと思う
現実の世界を極端に描いているだけで
実際「結婚は?」「子供は?」という社会からのプレッシャーは少なからずあるだろうし
クリスマスに恋人がいないと肩身が狭いだとか
映画にもプロムのパートナーが見つからない、みたいな話が出てくる
お見合いパーティや街コンだってどんどん極端にしていけばこの映画に出てくる施設のようになると思う
独身者は迫害、までは行かなくても、若いうちはよくても歳をとるにつれ、パートナーがいないことが肩身の狭さに繋がっていくのかなあ…とか最近思う。
「好き」になってもらいカップルになるために必死で相手に合わせるとか
徹底して描かれる、共通点があること=愛であるというカリカチュアは面白かった
真実の愛などなく、性欲と自己肯定があるのみ、とも受け取れる
山崎ナオコーラの小説で『この世は二人組で出来上がらない』というタイトルがあり、そのタイトルを初めて目にした時に、その力強さにちょっと救われるような気持ちになったことを覚えている。
どうして二人組を作らなくてはいけないのか
この作品は映画の始まり方と終わり方がいい。
冒頭、女が突然あることをする場面も、ラストシーンの女が静かに座って誰かを待っている場面も、そこだけ観たら全く意味がわからないんだけど、映画を通して観ているとすごく味わい深い場面なのだ。
前作は奥歯を抜く、今作は眼を潰す。この監督は尋常でない痛みでもって管理下から逃れようとするが…みたいなテーマが好きなんだろうか。
元人間の動物たちが悲惨な死に方をするので動物好きの人にはおすすめできないんだけど、でも森の中を色んな動物たち、元々はカップルになれなかった人間だったのであろうラクダやらクジャクやらがゆったりと歩いている様子がとても良かった。
前作もおすすめ…では全然ないんだけど、ダンスシーンはとってもいいです。